東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)150号 判決
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二 本願発明と第一引用例記載の発明の対比
1 請求の原因四、1、(一)の事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、同(二)の事実は被告において明らかに争わないから自白したものとみなすべきところ、右各事実、当事者間に争いのない本願発明の要旨、成立に争いのない甲第四号証(本願発明の公告公報)、第五号証(同昭和五五年三月六日付手続補正書)、第六号証(同昭和五七年五月二一日付手続補正書)によれば、前記構成に係る本願発明の研磨成形体は、同成形体中の基体自体、その配合成分であるAl又はAl合金がCBNを溶解し、かつ耐火物と反応して生成された硬化物質により形成されることにより、基体の配合成分として耐火物を用いない立方晶窒化ホウ素/コバルトアルミニウム成形体に比し、磨耗度(軟鋼の丸削りに対する磨耗度)が四分の一であり、また、使用時においてアルミニウムによる加工片のいわゆる金属よごれの生ずる現象を実質的に減少させたこと、このように本願発明では、その構成要件ハが示す重量比率でAl又はAl合金と耐火物を配合し、前記のように硬化物質を生成させて研磨成形体の強度を増し、かつ金属よごれ現象を防止することをその技術課題とし、これに相応する効果を得ていることが認められる。
2 審決の理由の要点3のaないしgに摘示された第一引用例の記載内容、請求の原因四、2、(一)の事実は当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いがない甲第七号証(第一引用例)によれば、第一引用例には、(1)HBNに触媒物質の存在下CBNの安定域の圧力と温度を同時に適用してHBNをCBNに変える方法において、右触媒物質としてコバルト、ニツケル又はマンガンのA合金を使用するものであること、(2)HBNと微粉砕された堅い結晶性物質であるCBN、WC、A2O3´、Si3N4等(このうちSi3N4は本願発明における耐火物に相当するが、CBN、WCはその性質上A合金とは反応しないものであり、このことは弁論の全趣旨に照らして当事者間に争いのないところである。)を混合し、Al円板及びコバルト、ニツケル又はマンガンの円板の存在下でこれらの金属によるAl合金を触媒として窒化ホウ素状態図のCBN安定領域の圧力及び温度を同時に適用してHBNをCBNに変えその研磨性コンパクト(研磨成形体)を製造すること、具体的には別紙図面第3図に示すようにシールド金属の円筒状スリーブ41は装入集合体40を形成し、右円筒状スリーブ41の内部は円板群42で分離された多数の小集合体が位置せしめられ、その上下はシールド用円板群43で保護されており、このように周囲上下を保護された小集合体は、タングステンカーバイト粉末とコバルト粉末の混合物から作られた焼結カーバイト円板からなる塊44、HBNと微粉砕された強く堅い前記結晶性物質(耐火物)が混合した塊46、一つはAl、他はコバルト、ニツケル又はマンガンである円板47、48からなつているが、かように小集合体により形成された装入集合体40を別紙図面第1図の装置の空間31に装入し、前記の圧力及び温度範囲で加圧、加熱してCBN研磨成形体を製造するものであること、この研磨成形体において、生成されたCBN結晶間のすき間は前記Al円板及びコバルト、ニツケル又はマンガン円板からの金属と前記結晶性物質で充填されており、かつ右CBN結晶相互間は右両円板からの合金金属によつて結合されていること、前記結晶性物質がHBNに混合されることによりHBNからCBNに成長する結晶は二ないし一〇ミクロメーターの範囲(最大寸法)の円柱状又は塊りとなることが認められる。
右の事実によれば、第一引用例は基本的には右(1)によりAl合金を触媒物質としてHBNをCBNに変える方法に関するものであるが、本願との対比において引用されている発明である(2)は、HBNを出発物質としてこれにSi3N4等の耐火物である結晶性物質を混合し、右(1)の方法によりHBNをCBNに変えると同時に研磨成形体(研磨性コンパクト)を製造する方法に関するものであり、右研磨成形体にあつてはAl合金はHBNからCBNへの転換用触媒として使用され、また、Si3N4等の耐火物は生成するCBNの結晶の成長ないしは晶癖の改善のために用いられるものということができる。
しかし、前掲甲第七号証によるも、同引用例にはAl合金がSi3N4等の耐火物と反応し硬化物質を生成することに関する記載はなく、また、Al合金と性質上反応しないCBN、WC等の耐火物がHBNと混合されているところからみて、同引用例記載の発明は、本願発明のように硬化物質を生成することによりCBN研磨成形体の強度を増し、かつ金属よごれ現象を防止することを技術課題としているものと認めることはできない。
3 本願発明と第一引用例記載の発明において、審決摘示に係るAとa、cとb、イとg、Dとd、Eとeがそれぞれ対応関係にあつて実質的に同一であることは当事者間に争いないが、前記1及び2に述べたように両者は、その技術課題を異にし、その製造過程においても出発材料及び配合するAl合金、耐火物の作用が異なるのである。
なお、本願発明では耐火物として、ホウ化物、窒化物、珪化物、酸化物をあげているが、前掲甲第四号証によれば実施例において用いている耐火物は窒化物であるSi3N4だけであるので、以下においては審決同様第一引用例記載の発明における結晶性物質(耐火物)中Si3N4を用いる場合について、両発明を対比することとする。
三 取消事由(1)について
1 前掲甲第四ないし第六号証によれば、本願発明の研磨成形体はCBNの安定領域内の圧力及び温度範囲(具体的には四〇ないし六五キロバールの圧力、一二〇〇度Cないし一六〇〇度Cの温度範囲)で製造され、その実施例では五五キロバールの圧力、一三〇〇度Cの温度のもとで製造されていることが認められる。
他方前掲甲第七号証によれば、第一引用例におけるCBN研磨成形体の製造に関する実施例は一〇ないし一五であり、このうち耐火物である結晶性物質を用いている実施例は一〇、一一、一五であること、その耐火物はいずれもAl合金とは反応しないCBN(実施例一〇、一五)、WC(同一一、一五)であり、本願発明の実施例で使用したSi3N4に関する実施例がないことが認められる。したがつて、同引用例において本願同様Si3N4を用いてCBN研磨成形体を製造する場合の圧力及び温度範囲は具体的には明らかでないが、前認定のとおり、同引用例においても本願発明同様CBN研磨成形体は窒化ホウ素状態図のCBN安定域の圧力及び温度で製造されるものであるから、同引用例記載の発明において耐火物としてSi3N4を用いる場合も、本願における前記圧力及び温度範囲においてCBN研磨成形体が製造されているものと認めるのが相当である。
そうであれば、前記のとおり本願発明と第一引用例記載の発明において、審決摘示に係る両発明のAとa、Cとb、イとg、Dとd、Eとeが実質的に同一であることについて当事者間に争いがなく、本願発明で、前記圧力及び温度範囲においてAl合金が耐火物であるSi3N4と反応し、かつCBNの一部を溶解し硬化物質が形成されるものである以上、第一引用例においてCBNに変えられるHBNにSi3N4が充填され、Al合金の存在下で本願同様の圧力及び温度範囲で研磨成形体を製造する過程において、Al合金がSi3N4と反応するとともに、生成されるCBNの一部を溶解して硬化物質を生成しているものと認めて差支えないものというべきである。
2 原告は、第一引用例においてAl合金が触媒として作用するものである以上他の物質と反応することはない旨主張するが、前記二、2に認定したように別紙図面第3図のとおりAl円板、他の金属円板とSi3N4を混合したHBNの塊を配置し、これを加圧加熱するものである以上、Al合金が専ら触媒作用だけをして全くSi3N4と反応しないということは考えられないところであるから、原告の右主張は採用できない。
3 ところで、第一引用例では前記のようにSi3N4を使用した実施例が具体的に示されておらず、また、同じくCBN研磨成形体の製造といつても出発物質はHBNでSi3N4はこれに混合されており、Al合金もHBNをCBNにかえる触媒としての作用をするため加えられているのであるから、被告が主張するように、第一引用例においてAl合金とSi3N4が本願発明の構成要件ハが示すのと同じ重量比率で配合されたとしても、本願発明と同様基体自体を構成し、かつ同様の効果を奏する硬化物質が生成されているか否かは必ずしも明らかでない。従つて、同引用例の場合にも右の意味で実質的に本願発明と同一である硬化物質が生成されているとする審決の判断(4(ロ))は厳密にいえば誤りである。
四 取消事由(2)について
1 本願発明の前記構成要件ハが第一及び第二引用例に記載がないことは当事者間に争いがない。
2 前掲甲第四号証によれば、本願発明では前記のようなAl合金がSi3N4と反応し、かつCBNを溶解し硬化物質を生成することにより、原告主張の研磨成形体の強度向上をはかるという技術課題解決のために、Al合金とSi3N4との配合重量比率を試行検討した結果構成要件ハを決定したものと認められるところ、第一引用例の発明にはすでに述べたように右のような課題はない。そうであれば、少なくとも他にかかる課題を有する公知の技術が本願出願前に存在したことが示されそれとの比較検討を経ない以上、右の構成要件ハの決定は容易になし得たものということはできない。審決の理由の要点5(ハ)の判断は一般論にとどまり、本願発明のように特定の新しい技術課題解決のための試行検討についてはあてはまるものではない。
3 なるほど審決の理由の要点5(ロ)が指摘するように、前掲甲第四号証によれば、本願発明の特許公報に記載された実施例によるAlとSi3N4の重量比が一対二・一三であることが認められるから、右比率は構成要件ハにより両者の比率範囲とされている一対二から二対一の限定に含まれないことになる。しかし、前掲甲第四ないし第六号証によるも生成される硬化物質の性質上構成要件ハで示す右の重量比率範囲が絶対的な正確性が要求されるものではなく、その近傍値を排斥するものとまで認めることはできないから、右実施例の記載から右重量比率の限定に技術的意味がないとすることはできない。そうであれば、右実施例は本願発明の実施例として必ずしも適切でないとしても、それによつて前記2の判断が左右されるものではない。
更に被告の指摘する第一引用例の実施例一〇、一一、一五におけるAl合金と耐火物の配合重量比率も、右耐火物がいずれもAl合金と反応しない物質であることに加えて前記のように第一引用例記載の発明には硬化物質生成に関する技術課題はなく、その研磨成形体の製造過程においても本願発明と差があることをも勘案すれば、本願発明の配合重量比率に関する構成要件ハの着想を容易なものとする根拠となるものではない。
4 そうであれば、審決は本願発明におけるAl合金と耐火物の配合重量比率に関する構成要件ハを容易になし得るとした点においてその判断を誤つたものである。
五 以上の判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は取消を免れない。
よつて、原告の本訴請求を認容する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
基体中で結合される少なくとも七〇容積パーセントの量の立方晶形窒化ホウ素を有する研磨成形体において、該基体は、ホウ化物か窒化物か珪化物か酸化物かである耐火物と、立方晶形窒化ホウ素を溶解し且つ上記耐火物と反応し硬化物質となるAl又はAl合金とを有し、且つAl又はAl合金対耐火物の重量比率は一対二から二対一までの範囲内にあることを特徴とする上記研磨成形体